15.万国旗




蓮は、物静かな様子とは裏腹に、中々のやり手だった。蓮が本格的に参加し始めると、自由参加の運動会の準備は着々と進み、気がつくと大規模な催しに発展していた。もはやこれは、有志のみの参加というレベルの催しではなくなっている。
もっとも、これは蓮のみの手柄というわけでもない。少数精鋭の生徒会が威力を発揮する影には、大学側の実行委員会の多大な協力もあった。

「ずいぶんとまあ、大変な催しになっちゃって。」

祥太郎はまぶしそうに目を細めた。大学側の広いグラウンドには、一面に万国旗がはためいている。
どうしても運動会には万国旗をと提案したのは、水泳界のホープの桜庭慎吾だそうだ。

その慎吾が、さも上機嫌な顔でやってくる。後ろにはかつての高等部の生徒会の面々。あれほど面倒くさいを連発していた国見天音も、ちゃんとそろっている。
もちろんそこには、祥太郎の恋人の、直哉の姿もある。

「やっぱり首謀者は君たちなんだ。」
「首謀者とはなんですか、人聞きの悪い。」

天音は嫌そうに顔をしかめた。

「まったく、もう紫外線も強いというのに、お気楽な。…祥太郎先生も、ちゃんと帽子をかぶってお出でなさい。日焼けしやすいんですから。」

なんでそんなことを、元生徒にまで言われなくてはならないのだろう。祥太郎は自分のポジションに疑問を感じてしまう。

「…で、詳細はどうなってんの?」
「どうなってんのって、白雪たちから聞いてないんですかぁ?」

甘ったれた口調で語尾を伸ばしたのは花本咲良。白昼、人目も気にせずに、しっかりと住園雪紀の腕にぶら下がっている。祥太郎は、その咲良の蕩けそうな表情に、目を眇めた。
少し離れた位置に立っている直哉が、どうしても気にかかる。
その直哉が進み出てきた。

「隼人はどうしたんです。説明してないんですか?」
「隼人君たちは、今、あっちでてんてこ舞いで準備してる。当初より参加人数が大幅に増えちゃったから、組み分けしなくちゃって。
学校行事じゃないんだから、僕はなるべくノータッチできたんだけど。」

そういうと、直哉の眉が胡乱げに潜められる。
そうしている間にもほかの面々は動き出していた。てんてこ舞いだという隼人たちを手伝いに行ったものらしい。
直哉は相変わらず祥太郎の頭上から彼を睨みつけるようにしている。どうやら機嫌がよくないらしい。

「…まさか参加しないつもりだったんじゃないでしょうね。」
「えー、だって、先生なんていないほうがみんな楽しいんじゃないの?」
「大学側からも高校側からも、大勢教師の参加希望がありましたし。」

改めて直哉はきつい目をする。

「祥先生の個人的な都合で不参加なんて、俺が認めません。」
「………なんか怒ってる?」
「別に。祥先生が高等部との合同ミーティングの時にも、直前の打ち合わせの時にも、ちっとも顔を出さなかったことなんて怒ってませんから。」

祥太郎は首を竦めた。生徒主導で行う催しだというから、よかれとおもって不参加を貫いたのに、直哉はそれが甚く気に入らないようだった。

「まあいいか、直前の参加なら、強制的に俺と一緒の組にすることもできるし。」

直哉は強引な仕草で祥太郎の腕を掴んだ。

「それにしても、隼人の奴、とっちめてやらなきゃ。」
「は、隼人君は関係ないよ、僕の判断で…ちょっと! 腕が痛いってば!」

抗議の声を上げると、直哉は初めてニヤリと笑みを浮かべて見せた。
休日ともなれば、終日くっついて過ごすというのに、まだ直哉は祥太郎を独占したいらしい。

引きずられるように進むと、すでにあらかた準備の整った実行委員会では6色の鉢巻を配っているところだった。





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